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東京地方裁判所 昭和57年(モ)9933号 決定

原告 ニューピス・ホンコン・リミテッド

右代表者代表取締役 王増祥

右訴訟代理人弁護士 水田耕一

右訴訟復代理人弁護士 中島敏

被告 有田正

右訴訟代理人弁護士 矢吹輝夫

同 河鰭誠貴

同 遠藤誠

同 丸島俊介

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  原告の本件申立ての趣旨は、「被告に対し、別紙文書目録記載の文書を提出すべき旨の命令を求める。」というにあり、その理由の要旨は、「本件文書提出命令申立の対象たる文書(以下「本件各文書」という。)は、いずれも訴外片倉工業株式会社(以下「訴外会社」という。)の所有する大宮工場跡地の利用計画を策定するための参考資料として、訴外会社の依頼により、その費用負担において作成されたものであるから、右訴外会社の利益の為に作成された文書にほかならない。また本件各文書は、被告が訴外会社の代表取締役として、同社の業務を遂行するにつき取得したものであるから、被告が委任事務を処理するにあたって受け取った物に該当し、これを委任者たる訴外会社に引き渡す義務を負うものである。そうして、原告は、商法二七二条の規定に基づき、訴外会社を代表して本件訴を提起したものであるから、本件各文書の所持者たる被告は、民訴法三一二条三号前段、二号により、原告に対して右各文書の提出義務を負うものというべく、原告は、その提出を申し立てる。」というにあり、これに対して被告は、主文同旨の決定を求めたが、その主張の要旨は、

1  原告は、本件各文書のうち、別紙文書目録(一)ないし(二)記載の各文書につき、昭和五六年一二月一〇日、民訴法三一二条一号に基づき提出命令の申立てをしたが、これについては昭和五七年六月二五日に既に却下決定がなされたものであるところ(なお同決定は確定している。)、同年七月七日に至って今回再度同一文書につき、民訴法三一二条三号前段を文書提出義務の原因として同様の申立てをし、更に同年一一月四日に至って同条二号を原因として追加をしたものであるが、いずれにしても右申立ては先の決定の既判力に牴触するか、ないしは一事不再理の原則に違反するものである。仮に然らずとしても、原告は、先の申立てにおいて同時に右各原因を主張すべきであったのに、これをことさら怠ったものであって、いたずらに審理を遅延させるものにほかならず、又訴訟の審理のなかで新たに申立てはしないと言明したのに、右の申立てをしたものであって、これは信義誠実の原則に著しく違反するものである。

2  原告が提出を求めている文書のうち、別紙文書目録(三)記載のものについては、今回の新たな申立てであるが、その申立書には作成名義者の記載もなければ、日付、年度もなく、またその末尾に至っては文書の種別もないものであって、これでは文書の特定性に欠け、「文書提出ノ申立ニハ文書ノ表示ヲ明ニスルコトヲ要ス」と規定している民訴法三一三条一号に違反することは明らかで、却下を免れないものである。

3  原告は、本件文書提出命令申立により証すべき事実について、「被告が訴外会社の取締役として負担する善管義務及び注意義務に違反している事実」としており、その違反事実の根拠を述べているが、未だ本件申立の前提となる本案の請求原因の具体的主張が十分に尽されているとはいえない。

4  本件各文書は、民訴法三一二条三号前段、二号に該当しない。

すなわち、原告は、原告が株主として商法二七二条の規定に基づき、訴外会社を代表して本件訴を提起したことを理由として、訴外会社の利益のために作成された文書は当然に原告に提出すべきだとして、訴外会社即原告という論理をとっているが、同条にいう「会社ノ為」とは、判決の効力が会社に及ぶというだけのことであり、別に原告に会社の代表権を与えたわけでもなければ、原告即会社と認めたわけでもない。したがって、民訴法三一二条にいう「挙証者」が訴外会社にあたるとしても、それが即原告も「挙証者」ということにはならない。また、本件各文書は、訴外会社が自己固有の使用のために作成した覚書的記録文書であり、かつ私企業内部の政策決定過程における文書にすぎないから「利益文書」にあたらないものであるし、ある意味では「企業の秘密に関する事項」(民訴法二八一条一項三号)を記載した文書でもあるのである。

又同条二号の主張については、代表取締役の所持は機関としての所持にすぎなく、個人としての独立の所持ではないのであるから、このような関係においては、会社から代表取締役に対し委任契約による引渡請求権は認められず、従って結局原告からも請求できない。

というにある。

二  そこでまず本件各文書が民訴法三一二条三号前段の文書に該当するかどうか検討する。

一件記録によれば、本件訴訟は、訴外会社の株主である原告が商法二七二条に基づき、訴外会社の代表取締役である被告に対し、「訴外会社を代表して(一)訴外株式会社イトーヨーカ堂との間において、旧大宮工場跡地のいずれかに、同社らに対しショッピングセンターとして使用させる目的をもって建物及び駐車場を建築し、これを同社に賃貸する旨の契約をしてはならない。(二)第三者に対し、右土地を個別に、又は分割して売却してはならない。」旨、差止を求めるものであること、本件各文書は、それぞれ原告主張のとおり、大宮工場跡地の利用計画を策定するための参考資料として、訴外会社の依頼により、その費用負担において作成されたものであることがそれぞれ認められる。

ところで、同条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、文書の性質からして挙証者の地位や権利、権限を直接証明するため作成された文書及び挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書等を指すと解すべきところ、本件各文書は、被告主張のとおり、主目的は土地の有効利用の政策決定のための内部的な参考資料として作成されたにすぎず、結局経営上の判断のために作成された文書にすぎないから、未だこれをもって同号の文書とはいいえない。

三  次に進んで同条二号の「引渡文書」に該るかを検討するに、被告は訴外会社の代表取締役であり、訴外会社から委任を受けて取締役になったものであるから、被告が代表取締役という会社の機関の立場を離れて個人として本件各文書を勝手に自宅等に保管しているならばともかく、一件記録によれば、本件各文書は、被告が訴外会社の代表取締役という機関の立場で所持し、具体的には訴外会社の担当部課において現に保管していることが認められ、訴外会社の所持から離れて被告自身が独立して個人として所持しているわけではないのであるから、このような文書について、原告は、被告に対して提出命令を求める理由はないというべきである。

四  以上の次第で原告の本件申立ては、その余の点を判断するまでもなく、理由がないのでこれを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤田耕三 裁判官 生田治郎 竹中邦夫)

〈以下省略〉

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